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vol.87 保守を考える -その4- ~世界の保守~

吉田つねひこ「政治が視えるメルマガ」の第87号です。

このメルマガでは、国会の流れ、政策の動き、私の活動などをお伝えします。

 

テーマ : 保 守 を 考 え る

-その4― 《世界の保守》

 

~はじめに~

東京都議会議員選挙が、7月2日に実施されましたので、前号に引き続き、数

稿に渡り政治的なお話を少しばかり挟ませていただきたいと思います。

 

【乙】英国の保守 (その1)

 

本稿では、「保守主義の父」と言われるエドマンド・バークの母国である

英国の保守に関して考察していきましょう。英国は現代において二大政党制

の国であり、その二大政党とは保守党と労働党です。ここしばらくの英国の

政治において、大変興味深い傾向がありました。それは、非常に若い党首を

仰いでそれまで選挙で連敗し続けていた野党が政権を奪取するというもので、

労働党のトニー・ブレアは1994年に41歳で労働党党首、1997年44歳で首相と

なり、前近代的・封建的な慣習や制度が残存していた貴族院の世襲議員議席

数の制限とイギリス最高裁判所の権能独立という二大改革を成し遂げました。

保守党のデーヴィッド・キャメロンは、39歳で保守党党首となり右寄りとな

っていた保守党を中道に修正し、2010年5月に43歳7か月で首相となりました。

 

さて、英国の保守主義は保守党と歩んできたわけですが、保守党は正式に

は保守統一党(Conservative and Unionist Party)と言い、その前身はトー

リー党ですが、直接的な起源は1783年に24歳の若さで首相に就任し、通算で

ウォルポールに次ぐ歴代2番目の長さの18年と343日にわたって首相を務めた

ウィリアム・ピット(小ピット)の支持者たちのグループでした。その多く

はホイッグ党(後の自由党及び自由民主党の前身)出身で、小ピット自身も

ホイッグとして経歴をスタートさせたため独立派ホイッグと名乗り、彼らは

トーリー党と協力して政局に臨んでいましたが、小ピットの死後はピット派

もトーリー党を名乗るようになり、旧来のトーリー党を含めて新しいトーリ

ー党が誕生しました。

 

ピット派及び新しいトーリー党は、1783年の第1次ピット内閣成立から

1830年までほぼ一貫(6年ほどの間を除いて)して政権を担いました。保守党

としての成立は1830年代と言われていますが、その正確な日時は不明とされ

ています。以降、保守党は1920年代まで自由党と二大政党制を形成します。

自由党はホイッグ党への旧カニング派(ジョージ・カニングの派閥。彼は、

自身の政治的立場を語る際にトーリーを避け、conservativeと言う言葉を用

いた)及び、急進派との合流により1830年頃成立し、1840年代に保守党から

ピール派(穀物法廃止論争を巡り保守党の自由貿易派が形成した党派)が合

流しました。

 

政党としての成立は、1859年の第2次パーマストン内閣(首相は第3代パー

マストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプル)の成立が一つの契機と考えられ

ます。後に、労働党の台頭により勢力を失い、1988年社会民主党と合併し、

社会自由民主党を経て自由民主党となりますが、現在も地方議会では社会民

主党の合併を快く思わなかった勢力が自由党として活動しています。

 

(次号に続く)

元衆議院議員 吉田つねひこ

 

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(2017年7月10日 記)

 

民進党愛知県第1区総支部長

元衆議院議員 吉田つねひこ

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